2011年10月02日

チャラツナイ

1001 チャラツナイ 001.JPG

日本海側は雨、しかも冬型気圧配置で寒い・・・
太平洋側は晴れるという事で30年ぶりに室蘭の岩場に訪れる事になった。

昭和40〜50年代、高度経済成長の順風に乗って、鉄の町室蘭は大いに栄えた。
新日鉄(旧富士鉄)、日鋼などの各製鉄会社には、当時はやりの登山ブームに乗って、社内山岳部が誕生した。
そして、まさに鉄の男たちは、このチャラツナイをステップとして、芦別岳や利尻岳に多くのバリエーションルートを築き、北海道のクライミング界をリードして行く事になる。

芦別岳ガンマールンゼ奥壁には、この時代の偉大なる成果「富士鉄ルート」がある。(普通、会社の名前付けないでしょう!雪印ルートとかホクレンルートとかないもんな・・・)

1001 チャラツナイ 020.JPGさびさび手製ハーケン

最近では鉄冷えで、各会社の山岳部は解散、かつてのクライマーたちもリストラや定年、また新人育成もままならず、クライマー王国室蘭は衰退して、チャラツナイでは、クライマーの姿はめったに見かけないという。この日も土曜日なのに貸し切り・・・

アプローチで土木工事をやっていたおっさんにクライマー来てますか?と尋ねると1回だけ見たことがあるそうな・・・。

1001 チャラツナイ 016.JPG(落ちたら死ぬ・・・)

 さびさびハーケンや死にそうな終了点もあったが、ルートはそれなりに生きていた。
Bフェース、Dフェース、引き潮フェースとかつてのザイルパートナーであり、この地の開拓者にして、室蘭最後にして最強の鉄のクライマーO波氏の事を思い出しながらの1日でした。(み) 








posted by ノマド gaidorepo-to at 12:25| ロッククライミング | 更新情報をチェックする
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